リメンバー・ザ・タイム。

 遅まきながら「This is it」を観た。

 前も言ったが、劇場で映画を観ると、多数の自分と異なる感性の持ち主と空間をシェアしなくてはいけない。映画館で観る映画は楽しめない。家で一人、ないし自分と限りなく感性の近い少人数で観るのが良い。特にこの映画に関しては、恐らく回りの客が感情的になるであろうことが予想でき、そうした人々とシンクロできる自信が全くなかったので、全く観にいく気がしなかった。

 マイケル・ジャクソン。正直、彼の死は大変ショックだった。が、今となっては、語弊はあるかも知れないが「たいしたことじゃない」と思うようになっている。

 私にとってのマイケルはビデオクリップの中で踊る「スリラー」のマイケルであり「スムース・クリミナル」のマイケルであり、「JAM」のマイケルであり。あるいはジャクソン5の輝く笑顔の少年であり。彼の存命中も、今、この時間に何処かにいるマイケル・ジャクソンという人間ではなく、映像の中の彼/彼の音楽こそを「リアルタイム」と認識していた気がする。ライブ・ミュージシャンとしてより、クリップアーティストとしてのマイケルに親しみを感じていたので、マイケルが何人で、肌の色がどうとか、何歳とか、どんな私生活とか、トラブルとか、全然興味がなかった。

 その意味で、何があろうとマイケル・ジャクソンという人は今だ私にとっては「生きている」し、私の血となり肉となり、魂の一部に溶け込んでいる。世界中の何億というマイケルファンにとっても同じことだろう。彼のムーンウォーク。彼のゼログラビティ。マイケル・ジョーダンと子供のように戯れる映像。伝説のスーパーボウル。初めてマイケル・ジャクソンの曲を聴いた小学生の時から今まで、彼の存在は私の「音楽好き」としてのこれまでの人生の年表であり、歌も、映像も一生忘れることはないと断言できる。

 だからこそ、この「This is it」という作品は、あまり観る気がしなかった。あれは死んだマイケルの映画であって、マイケルを追悼したいファンが観に行く「墓標」であり、俺には関係ない。そんな気持ちもあった。少なくとも、この映画を観ても感情的にならないくらい時間が経過するまでは観ないでおこうと思い、発売日に予約して買ったDVDも今日までセットしなかった。

 今日、ふとした弾みでDVDを再生してみた。映像の中の彼は、当たり前だけど、生きていた。人間としての感情、ミュージシャンとしてのこだわり。ダンサーとしての情熱。50歳とは思えないパワー。未完成のライブのリハーサルでありながら、一つの作品として成立する映像群。純粋にマイケルの一つのビデオクリップ集として楽しむことが出来た。新しい映像は素晴らしく、そこにインサートされる「歌うマイケル」は、何処かのライブであっても、スタジオであっても関係ない。勿論本番無きリハーサルであっても。悲しいと思うことはなかった。良かった。私の中のマイケルはまだ生きているとはっきり確認できた。それと同時に「あー多分、劇場で観ても、泣くかわりに歌っちゃっただろうなあー」と思った。やっぱり私は映画館で見なくて良かった気がする。上映していた時期に、映画館で歌ったり笑ったりしたら、シリアス(言葉通りの意味でも)なファンに殴られたかも知れない。

 私はミュージシャンではないし、音楽的素養が特別高いわけでもないので、マイケルの音楽表現は正確には理解できていると言い難い。ベースやピアノの音の話、イヤーモニターの話。分かるようで分からない。例えば音楽をやっている人ならば「そういうものだよね」となるところかもしれない。私にも「そういうものなんだろうね」と言うことは出来る。しかし、それは音楽の知識云々ではなく、単純にマイケルの音楽・感性にどのくらい近づけているかと言うことなのではないか。理解したわけではなく「あー、マイケルって人はそういう風に反応するんだろうなあ」と納得しながら、観た。サッカーをやっていた人間しかサッカーを理解できないモノだろうか。いや、サッカーという競技はそんなに狭量なモノではない。音楽だって同じじゃないだろうか。マイケル・ジャクソンを理解するのに、彼の言葉を理解するのに、音楽的な経験は別に必要ないのではなかろうか。

 マイケルと演奏者の会話を聴いていても感じるけど、彼は英語で会話しているようで、実際は音楽で会話している。彼の音楽は、彼の感性であり、彼の人間そのものでもある。そんなモノ、マイケル本人にしか分かるはずがない。それでも、演奏者はマイケルの意図をくみ取ろう、引き出そうと全精力を傾けているし、我々聴いている側も、マイケルの音楽性を「分かった気になって」いて、その実、どのような表現が為されているのか、その意図は何なのかを必死に探っている。マイケル・ジャクソンというキングオブポップは、マイケル本人と、マイケルを知りたい大多数で構成されている。マイケルの音楽に親しんでいく作業。これは彼が生きていようが死んでいようが、望む限り一生続けることが出来る。「This is it」はその為の一つのガイドブックに過ぎない。それでも良いガイドブックだった。定期的に読み返すことにしよう。

 ありがとう、マイケル・ジャクソン。あなたを愛しています。

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