年度別振り返り企画・第3世代

 色んな意味で分かれ道になった第3世代。

■2004年生まれ

  • 所属クラブ:サウスニア・ウイン・キャロット(新規)
  • 出資7頭:ファストロック(5勝)・アルシラート(4)・ウインアンジェラス(3)・シャイニングヒル(0)・シャノン(0)・ミネラロジスト(0)・デルフィーネ(0)
  • 勝ち上がり率:42.9%(3/7)
  • 通算成績:12-6-7-8-2-62/勝率.124
  • 出資成績:出資代金47.41万/回収賞金38.6万/回収率81.4%


 色々あって既存2クラブに見切りを付けようかと考え出した年。そんなことも有り、今で言う2次募集が始まって暫く立ったキャロに衝動的に入会。せっかくなので余ってる馬を2頭買ってみた。案外、残り物にも福があるクラブだが、それを引くノウハウと情報整理能力というのは不可欠で、当時はそんな物まるで持ち合わせていませんでした。


 ウインアンジェラスはウインで3頭目のマル外/持ち込み。何故このクラブに入って外国産ばかり狙ってたのかは自分でも謎だけど(しかもサウスに入っておきながら)当時はこういう血統が面白くてしょうが無かった。今でもダンチヒ系大好物だしね。広がり過ぎちゃって手は出しづらいけど。実際この馬は新馬勝ちから重賞でも好走して大きくペイしたし、生観戦でも勝ってくれたし非常に良かった。しかし厩舎は極めてボンクラで、それまでは思うように走らないから厩舎にストレスが溜まるのだろうと考えていたが、走ったところで駄目な物はダメで、自分はそこに人一倍引っかかる、ということを実感した一頭。しかし出資した時は「ベルトリーニって何だよ?」みたいな会員の反応でしたが、数年後、3冠牝馬の母父として名を馳せるとはね…アン子さんの子供もいずれ大物出すと思いますよ。今の2歳は酷い評判倒れですが…。


 シャイニングヒルは、このクラブでダンチヒ(系)、特にデインヒルにこだわって色々やってきた中で当たった極めつけの外れ。このクラブでこういうわかりやすい「きらびやかな血統」は「選び抜いた外れ」であることは、今なら分かる。でも当時はうっすら(?)感じつつも「でもワンチャン」と思い続けていたところも。青いね。勝ち上がりの可能性はありましたが、あの馬格では500万でダメだったでしょうね。ゴリマッチョ好きの厩舎にも全くマッチしてなかった。その辺の、馬と厩舎のマッチングが当代随一に下手なクラブでもあるわな。


 シャノンはこれまたダンチヒ系。森厩舎向きのタイプで面白いかなと思ってたけど、カズー同様完全に凋落し出してた厩舎だったし、勝手に走る馬はともかく軌道に乗せる能力は無い厩舎でもあった。最大の武器であった(今の矢作的な)楽なレースを見つけてくる空き巣狙い能力もカッスカスになってたし。こっちはシャイニングヒルと違って、勝ち上がれば500万でも楽しめたと思うけど、どのみちこの厩舎ではダメだったろうなあ。


 真打ち2頭は後回しにしてキャロ2頭。ホント、余り物でとりあえず出資した感じではあったけど、ミネラロジストは友道厩舎じゃなきゃダートで軽くペイしてた馬だったと思う。騎手起用は良い感じだったけど、結局馬を作れない、管理できない人。それは今でも変わらない。デルフィーネは石坂さんのフォーティナイナーってことで嵌まれば面白かっただろうけど、競走馬としては色々弱かった。アウトレットと揶揄されるキャロですが、当時は今より遙かにその度合いは高かったですな。今は「プレミアム」アウトレットだから、売ってる物は抜群だけど、駐車場だけで60分待ちとかだよね…。


 で、真打ちその1。アルシラート。これは追加募集された馬で、セールの動きを見て「半端ねえ!」と興奮した馬。サウスというクラブは、とにかく面白そうな馬が多いけど、仕入れがうろんで、馬を見る目がないというのが最大のポイントなわけで、セール出身ならそこのマイナスは全部消えるだろう、と。実際当時も、サウスに不信感を抱きつつ、そこを理解できていた人はほぼ全員この馬行ってますよね。競走馬としては結局当時の森レベルに嵌まった感じではあったけど、新馬勝ち、重賞出走、毎回ワクワクする末脚、と3歳春までは大いに楽しめました。その後もストレスは溜まりましたが、びっくりするような勝利の喜びも届けてくれ、トータルでは非常に満足度高かった。今の安田厩舎あたりにいたら普通に重賞取ってたんだろうね。やっぱり厩舎は一口の最重要ファクターだ。


 真打ちその2。ファストロック。メテオグローリーがそうであったように、ロックオブジブラルタルの初年度産駒、という響きは全ての不安を無視しても悔いないくらい魅力的だった。今のマル外でそこまであるかってーと、まあフランケルくらいかねえ。ドバウィも近い物があるな。さておき、グッズグズ進行の育成牧場に殴り込もうかと言うくらい不快感とストレスを感じつつも、メテオよりは早いデビュー。その後はほぼとんとん拍子で出世し、一口キャリア初のOP馬(2歳3歳のOPはなんちゃってなのでノーカウント)になってくれました。エプソムカップの時は週頭からテンション上がって、ああ、こういう体験がしたくて一口始めたんだよなーと。降級後の1勝を挟んで不良の東京新聞杯に出た辺りで馬がおかしくなり、圧倒的に無策な厩舎と牧場が状況を悪化させる一方。藤沢和雄厩舎に関しては、率で言うと私一番と言って良いくらい成功してて相性も良いのですが、調教師だけじゃなく外厩ポンコツとなるともう手が出ません。まあ、そこに拘りすぎて数年後もう一発痛い目に遭うんですが…。さておきある面では早熟だったとみることも出来るでしょうが、この馬に関しては他の厩舎だったらもっとうまく行ったと思うの半分、キー坊が手の内に入れていたのでここで良かったのかな、と思うの半分。まあ、トータル悔いは無い感じです。つい最近ビンテージチャートが更新するまで、ずっときりた厩舎の賞金王でしたし。


 この世代は大失敗も含みつつ、トータルで回収率は高く、キャロットという新天地を得たことも有り、一口を続けるかどうか、最初のハードルを一個越えた感じのした年でしたね。

当ブログの一口馬主関連記事の一部はキャロットクラブさまより許可をいただき転載しております。記事の再引用、転載はご遠慮願います。